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白鵬の「張り手」バッシング ルール違反でない以上、批判はアンフェアでは?

横綱・白鵬の「張り手」「かち上げ」が批判されています。ルール違反ではなく勝つための作戦であっても、批判されるのはフェアといえるのでしょうか。

九州場所での取組で遠藤(右)に張り手をする白鵬(2019年11月、時事)
九州場所での取組で遠藤(右)に張り手をする白鵬(2019年11月、時事)

 横綱・白鵬が、立ち合いで相手の頬をたたく「張り手」や、相手の胸や顔に肘打ちをする「かち上げ」をすることに大きな批判が出ています。いずれも相手の立ち合いの勢いを弱めて有利な体勢を組み、勝ちにつなげる作戦とみられますが、「横綱は勝てばよいというわけではない」「横綱の品格を大切にすべきだ」などと批判する声があります。

 ただ、現在の相撲のルールでは、張り手やかち上げが禁止されているわけではありません。にもかかわらず、「横綱の品格」という言葉で、白鵬だけが張り手やかち上げを批判されるのはフェアなのでしょうか。一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事で尚美学園大学の江頭満正准教授に聞きました。

横綱相撲は「正面から」

Q.立ち合いで張り手やかち上げをすることはルール上禁止されていませんが、白鵬は「横綱の品格」を理由に大きな批判にさらされています。こうした批判はフェアなのでしょうか。それとも、アンフェアなのでしょうか。

江頭さん「アンフェアではありません。なぜなら、横綱は他の力士とは立場が異なる存在だからです。取組で勝利するために、ルールの範囲なら何をしてもいいというわけではありません。

『横綱相撲』という言葉があります。三省堂の辞書『大辞林』には、『正面から相手を受け止めて圧倒的な力の差を見せつけて勝つこと』と記されています。正面から相手を受け止めない『張り手』『かち上げ』をすると、横綱相撲ではなくなります。

格下の力士に最高の相撲を取らせた上で、圧倒的な力量をもって勝利することが横綱に求められる相撲です。現在の番付制度では、横綱からの降格はありません。それだけに次世代の力士を育てる役割も果たさねばなりません。横綱は、勝利至上主義を相撲に持ち込んではいけないのです」

Q.相撲においては、ルールよりも伝統が上回るということでしょうか。

江頭さん「まず、相撲はスポーツではありません。剣道が武道であり、スポーツではないように、相撲は相撲道であると考えられます。そのため、ルールに従って勝敗を決するだけのスポーツとは異なります。

現在の日本相撲協会の内規などを正確に理解すると、横綱に求められる品格や力量は、『伝統』ではなく『現存する規則』として明記してあることが分かります。横綱となるには、いくつかの内規をクリアしなくてはなりません。

現在の横綱審議委員会の横綱推薦内規は、(1)横綱に推薦する力士は品格、力量が抜群であること(2)大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする(3)第2項に準ずる好成績を挙げた力士を推薦する場合は、出席委員の3分の2以上の決議を必要とする(4)品格については、日本相撲協会の確認に基づき審議する――とあります。

また、『横綱に推薦する力士の品格』の基準として、相撲に精進する気迫▽地位に対する責任感▽社会に対する責任感▽常識ある生活態度▽その他横綱として求められる事項の良否を判断することとなっています。

これらの条件を満たしたと横綱審議委員会が認めて推薦し、日本相撲協会の理事会で正式決定した場合に、使者が当該力士のもとへ赴いてその旨を伝える昇進伝達式が行われます。その中で、該当力士は『謹んでお受けいたします』と返答しています。横綱として定められた内規を守ることにも『合意』しているのです。

そのため、横綱は他の力士とは異なる行動を取ること、規則が異なることに合意して昇進しています」

Q.日本相撲協会は、白鵬の張り手やかち上げを注意する動きを見せていません。一方、横綱審議委員会の委員や熱心な相撲ファンからは、批判的な意見が多いです。こうした温度差が出るのはなぜですか。

江頭さん「個人的な推測ですが、横綱としての品格に『張り手』『かち上げ』が反しているか否か、協会の統一意見とする必要がないからだと思います。

スポーツにも不文律があり、ルールブックに記載されてないマナーが存在します。例えば野球では、ノーヒットノーランや完全試合の阻止、あるいは投手タイトルがかかっている場面で『バントをしてはいけない』という不文律があり、これを破ることはタブーです。しかし、この不文律を守ることができなかった選手に、審判も競技団体も注意はしません。

同様に、相撲道の不文律を守らない横綱を行司も協会も注意はしません。不文律を守れない横綱であっても、全ての力士を代表する存在であると同時に、神の依り代(よりしろ)、つまり、神が宿る神聖な存在とされている横綱に、協会が意見することははばかられるのでしょう」

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江頭満正(えとう・みつまさ)

独立行政法人理化学研究所客員研究員、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事

2000年、「クラフトマックス」代表取締役としてプロ野球携帯公式サイト事業を開始し、2002年、7球団と契約。2006年、事業を売却してスポーツ経営学研究者に。2009年から2021年3月まで尚美学園大学准教授。現在は、独立行政法人理化学研究所の客員研究員を務めるほか、東京都市大学非常勤講師、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事、音楽フェス主催事業者らが設立した「野外ミュージックフェスコンソーシアム」協力者としても名を連ねている。

コメント

1件のコメント

  1. 白鵬の張り差しや、肘打ちにつき、禁じ手ではないから認めるべきであるという説がある。それでは白鵬に対して、他の力士が張り差しや肘打ちをやれると思うのか。横綱の特権として、優先的に認めてよいのか。この視点に立ってこの問題を論評するものが、ないのは残念である。