オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

【戦国武将に学ぶ】直江兼続~謙信の「義」を守り、天下狙う家康と対峙~

戦国武将たちの生き方から、現代人が学ぶべき点、反面教師にすべき点を、戦国時代史研究の第一人者である筆者が解説します。

新潟県長岡市内にある直江兼続像
新潟県長岡市内にある直江兼続像

 上杉景勝の筆頭家老で「執政(しっせい)」という地位にあったのが、直江兼続です。兼続がいなければ、上杉家は近世大名として生き残ることができなかったかもしれません。

「大名に」…秀吉の誘いを固辞

 兼続はもともとの名を「樋口与六(よろく)」といい、1560(永禄3)年、越後(新潟県)坂戸城主・長尾政景の家臣、樋口兼豊の長男として生まれました。兼続が5歳のとき、政景の子・長尾喜平次に近習(きんじゅ)として仕えています。その喜平次が上杉謙信の養子となり、景勝を名乗ったことで、兼続の一生も大きく変わることになりました。兼続は景勝とともに謙信の薫陶を受けることになったのです。

「義」を守り、「筋」を通す謙信の生き方に傾倒し、やがて、「義」のために戦う謙信の全人格に学んでいくことになります。

 その謙信が1578(天正6)年3月13日、突然亡くなりました。謙信は妻帯しておらず、側室もいなかったため、子どもがいませんでした。そこで3人の養子を迎えていました。その一人が景勝だったのです。ただ、亡くなるとき、誰を後継者にするか明言していませんでした。

 3人のうち、1人はすでに一族の上条(じょうじょう)上杉家を継いでおり、相模(神奈川県)の北条氏康の七男だった景虎と景勝の間で家督争いが起きます。これが「御館(おたて)の乱」です。このとき、いち早く春日山城の御金蔵(ごきんぞう)を押さえ、その金を有効に使って武田勝頼を味方につけることに成功した景勝方が勝利を収める結果となりましたが、陰の立役者は兼続だったといわれています。

 この後、譜代の名門だった直江家に後継者がいなくなったため、故直江信綱の妻だったお船(せん)と結婚し、直江家を継ぐことになります。景勝は織田信長とは戦っていましたが、羽柴秀吉とは友好関係を保ち、やがて秀吉の天下統一に協力する形で豊臣大名の一員に組み込まれます。

 秀吉は上杉家を骨抜きにしようと考え、執政直江兼続の引き抜きを図っています。「大名にしてやろう」というのです。普通ならば、それに飛びついてしまうところですが、兼続は固辞し終生、景勝に仕える道を選択しています。

 こうした「義」の生き方はその後、豊臣政権の簒奪(さんだつ)をもくろむ徳川家康との対立姿勢にも表れています。1600(慶長5)年の関ケ原の戦いの発端となる、家康の会津上杉攻めは、家康からの詰問状に理路整然と反駁(はんばく)した有名な「直江状」によって始まりました。

 結果的には、西軍となった上杉家は家康に敗れ、会津120万石から米沢30万石に減らされました。しかし、兼続は家臣のリストラをせず、その危機を乗り切っています。

閻魔大王宛ての手紙を高札に

「義」を重んじ、民政にも手腕を発揮した兼続ですが、国の秩序を守るため、厳しい一面も持っていました。

 国枝清軒が編さんした「武辺咄聞書(ぶへんばなしききがき)」に興味深いエピソードが載っています。あるとき、景勝の家臣・三宝寺庄蔵という者が、ふとしたことで下人を手討ちにしてしまうということがありました。下人の家族が「無実で殺された」と訴えてきて、調査したら確かに彼らの言う通りでした。

 すると、その家族が兼続の元に「殺された者を返してほしい」と言ってきたのです。兼続は銀を与えて「堪忍せよ」と説得しましたが、何度も言ってきて引き下がらないため、兼続は下人の家族3人の首をはね、何と、閻魔(えんま)大王宛てに、「家族を返してほしいという3人を迎えに行かせます」という意味の手紙を書き、これを高札にして往来の橋に立てたというのです。

 兼続が手荒なことをやったのも事実のようですが、すべては主君景勝を守るためだったと思われます。

(静岡大学名誉教授 小和田哲男)

【写真】直江兼続ゆかりの「米沢」「会津若松」「長岡」「上越」

画像ギャラリー

小和田哲男(おわだ・てつお)

静岡大学名誉教授

1944年、静岡市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。現在、静岡大学名誉教授、文学博士、公益財団法人日本城郭協会理事長。専門は日本中世史、特に戦国時代史。著書に「戦国の合戦」「戦国の城」「戦国の群像」(以上、学研新書)「東海の戦国史」「戦国史を歩んだ道」「今川義元」(以上、ミネルヴァ書房)など。NHK総合「歴史秘話ヒストリア」、NHK・Eテレ「知恵泉」などに出演。NHK大河ドラマ「秀吉」「功名が辻」「天地人」「江~姫たちの戦国~」「軍師官兵衛」「おんな城主 直虎」の時代考証を担当している。

コメント