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五輪マラソン札幌変更は「トップダウン」がモチベーションを低下させる好例だ

東京五輪のマラソン・競歩の会場について、IOCが半ば強引に開催地を変更したことが波紋を広げました。その問題点とは。

マラソンと競歩の札幌開催を決定した4者協議(2019年11月、時事)
マラソンと競歩の札幌開催を決定した4者協議(2019年11月、時事)

 11月、2020年東京五輪のマラソン・競歩の開催地が東京から札幌へ変更されました。国際オリンピック委員会(IOC)の「これは決定事項だ」という鶴の一声に、数年かけて、まさに国や都を挙げて東京五輪の誘致と準備に取り組んできた人たちは「あの努力はいったい何だったのだろう」と、がくぜんとしたに違いありません。

主体性打ち砕かれ、モチベーション低下

 筆者は気温がどうだとか、環境がどうだとか、選手にとってどちらが良いかとか、東京か札幌かの是非を問題にしているのではありません。都知事すら寝耳に水だったという、東京から札幌への変更に至ったトップダウンの決定プロセスを問題視しているのです。この出来事はほとんどの国民に、トップダウンの指示・命令が与える負のインパクトがどういうものなのかを実感させた出来事だったと思います。

 誘致活動に参画した人々も、マラソンや競歩のコースの選定に取り組んだ人々も、もちろん、東京のコースを前提として選考を勝ち抜こうと努力してきた選手たちも、自ら名乗りを上げて主体的に、能動的に取り組んできたわけです。

 誘致や準備に参画していない一人一人の国民にとってみても、東京都が自ら手を挙げて取り組んできた活動を好意的に見守ってきたわけです。しかし、トップダウンによる札幌への変更決定は、その主体性、能動性を打ち砕くに十分だったといえるでしょう。

 札幌であれば、費用は負担しないという東京都の見解は当たり前のこととして受け止められています。時間をかけて東京のコースを選定してきたことは無に帰しました。東京コースを前提として準備し、代表に選ばれた選手たちは戸惑いを隠せません。

 トップダウンが、誘致や選定に関与したメンバーのモチベーションを低下させたといえるでしょう。それどころか、一人一人の国民のモチベーションレベルを低下させているわけです。現場を無視したトップダウンの決定がもたらす影響にがくぜんとしてしまいます。

現場無視の決定を反面教師に

 しかし、振り返ってみれば職場で、部下や後輩が創意工夫して努力してきたことに対して、トップダウンで覆したことのある人は多いのではないでしょうか。家庭においても、子どもが取り組んできたことに対して「あれはだめだ、これはだめだ」とトップダウンで断じたことのある人もいるでしょう。むしろ、そうした経験のない人はまれではないかと思います。

 もちろん、トップダウンで指示・命令しなければならない場面はたくさんあります。安全を確保する、法律を守る、倫理観を全うする…そうしたことは誰が何と言おうと、トップダウンでやらせるべきです。しかし、トップダウンでやらなくてもよいところまで、あるいは、トップダウンでやらない方がよいことに対しても、トップダウンで指示・命令をしてしまうことが問題だと言いたいのです。

 IOCも「札幌開催は決定事項だ」と指示・命令をする代わりに、「最近の気候の変動をふまえて、○○の条件を満たして開催できるようコースや時間を再検討してもらいたい」と投げかけていれば、現場である東京都の主体性、能動性を損なわずに、この問題に対処できたと思います。

 IOCや上司、先輩、親といった立場からトップダウンで指示・命令をする人は、自分が一番問題を分かっていると考える傾向にあります。だから、指示・命令するのは当たり前で親切なこと、よかれと思っていることがありますが、指示・命令をされた人のモチベーションの低下は計り知れません。

 突然のトップダウンによる開催地変更は、関係者のみならず国民のモチベーションの総量を著しく低下させてしまいました。再び、東京開催の場合と同等レベルにまで高まることはないでしょう。

 しかし、IOCによるトップダウンが与えた負のインパクトを思い起こして、多くの国民が無用なトップダウンによる指示・命令を、さまざまな場面で繰り出さないようにすることに役立つのであれば、今回の開催地変更も意味があったといえるのかもしれません。

(モチベーションファクター代表取締役 山口博)

山口博(やまぐち・ひろし)

モチベーションファクター代表取締役

長野県上田市出身。慶応義塾大学法学部卒業。国内外金融・IT・製造企業の人材開発・人事部長歴任後、PwC/KPMGコンサルティング各ディレクターを経て現職。モチベーションファクター(R)(意欲を高める要素)をてこにした分解スキル反復演習(R)型能力開発プログラムを開発、展開しているグローバルトレーニングトレーナー。横浜国立大学大学院非常勤講師。主な著書に「ビジネススキル急上昇日めくりドリル」(http://amzn.asia/d/cwWsVkE)、「チームを動かすファシリテーションのドリル」(単行本=http://amzn.asia/d/6ZPWVaC、新書=http://amzn.asia/d/hRTRrvn)、「99%の人が気づいていないビジネス力アップの基本100」(http://amzn.asia/d/8z6NmSl)。

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