「接近で世界変わる」 気象庁の台風注意会見、表現の工夫で危機感はより伝わった?
気象庁が記者会見で台風への注意喚起を行う際、言葉を選んで危機感を伝えるようになりました。実際に効果はあるのでしょうか。
気象庁が記者会見で、日本列島に近づく台風への注意喚起を行うとき、危機感を伝える言葉に変化が出ています。9月に台風15号が接近したときは、「台風の接近とともに世界が変わる」、10月中旬に台風19号が接近したときには、「狩野川(かのがわ)台風に匹敵する記録的な大雨となる」と、従来の注意喚起の表現から、聞く人の耳に留まるような言葉を選んで危機感を伝えるようになりました。ネット上でも話題になり、一定のインパクトを与えたように見えます。
記者会見で話されたこれらの言葉は、台風は「わがこと」として危機感を感じさせるために有効だったのでしょうか。広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。
「世界が変わる」から受けた印象は?
Q.「台風の接近とともに世界が変わる」という言葉を記者会見で使ったのは、危機感を伝える意味で有効だったのでしょうか。
山口さん「当時、この表現だけでは、危機感はストレートに伝わらなかったと思います。台風の接近とともに強風と豪雨の影響が強まり、周囲の環境がいきなり劇的に変わると、気象庁の予報官は言いたかったのだと思います。それが『世界が変わる』という詩的な表現でどの程度伝わったか、想像力の問題かもしれませんが、ピンときませんでした。
もちろん、予報官は『世界が変わる』だけではなく、さまざまな表現で台風15号の影響の予測を説明していました。これらを聞いて、ようやく『世界が変わる』の意味が分かった方も多かったのではないでしょうか。私の場合、『関東を直撃する台風としては、これまでで最強クラスと言っていい』というストレートな表現に背中を押されて、普段は玄関先に置いている自転車を屋内に引き込むなどしました。
しかし、台風が去った後で大きな被害状況が明らかになり、変わり果てた光景、愛する人を亡くしたり、住む家を失ってしまったりした人たちの様子をテレビで見るにつけ、この台風は、被害を受けた人たちが住む世界をすっかり変えてしまったと実感しました。予報官の意図とは意味が異なりますが、『台風の接近とともに世界が変わる』という言葉は今、胸に強く刺さっています」
Q.「狩野川台風に匹敵する記録的な大雨となる」という言葉を記者会見で使ったのは、世の中の人に危機感を伝える意味で有効だったのでしょうか。
山口さん「ある程度の効果はあったと思います。しかし、『河川の氾濫が相次いだ、1958年の狩野川台風に匹敵する記録的な大雨となる恐れもあります』の文言に加えて、『1200人を超える人たちの命が失われた』と、最初に話す必要があったと思います。
記者会見では、開始14分あまり後に狩野川台風の被害の詳細な説明をしています。しかし、国民に強く危機感を伝えるには『河川の氾濫が相次いだ』より、多数の人命が失われた事実の方がより重いと思います。
ここ数年来、気象庁の臨時記者会見は生中継で、テレビやネットで報道されるケースが多くなっています。非常時が迫る中、国民に危機感を伝えるには、重要なことから話す必要があります。会見に“参加している”のは目の前の記者だけではなく、多くの国民であることを気象庁は認識すべきです。また、中継後の多くのニュースなどで引用されるのは、記者会見の最初の部分であることも理解すべきです。
気象庁としては、いたずらに危機感をあおるべきでないとの考えもあったのもしれませんが、狩野川台風の人命の被害は事実で、ニュースでは、最初に伝えられる情報です。中継を見ていた国民には、危機感は強く伝わらなかったと思います」
Q.気象庁は最近、「自分の命、大切な人の命を守るための行動を取ってください」と、意識的に情緒に訴えかける表現を使うこともありますが、こうした表現を使うことは記者会見において有効なのでしょうか。
山口さん「『命を守る行動を取ってください』という呼びかけ自体は有効だったと思います。早めの備えと避難の呼びかけは重要です。気象庁の臨時記者会見は生中継されることにより、国民に直接説明する会見にもなっています。また、これらの呼びかけは多くの報道機関のニュースなどで引用されます。
呼びかけが情緒的と感じられたのは、自分の命に加えて『大切な人の命を守る』という部分だと思います。気象庁はありきたりの呼びかけから、聞く人の耳に留まるような呼びかけをするよう努力しているのだと思います。しかし、自治体職員も消防団員も警察も自衛隊員も、そして多くの国民が『人の命』を守るために力を尽くしています。
『大切な人』であるかどうかは問いません。家族であれ他人であれ、何よりも大切なのは人の命であるとの信念にもとづいて活動しているのだと思います。『大切な人の命を守る』というような情緒的な表現は、思わぬ“言葉の落とし穴”として受け取られるかもしれません」
Q.災害への注意喚起では、人間には「自分は大丈夫だ」と思ってしまう「正常性バイアス」が働き、危機感が伝わりにくいとされています。どのようにすれば、言葉の力で危機感を感じさせることができるのでしょうか。
山口さん「言葉は音声として発すると同時に消えていきます。文字にしたためたにしても、すぐに取り出せる記憶として心に留めておくのは容易ではありません。一方、言葉は何度でも繰り返すことが可能です。繰り返すたびに記憶はより強化されるとされています。地球温暖化による災害の激甚化と大規模な地震の発生が予測されている今、命を守る言葉は繰り返し、自分に、家族に、友人に語りかけることが大切だと思います。
初めて聞いたとき、ピンとこなかったと最初に話した『台風の接近とともに世界が変わる』ですが、『台風が去った後で本当にそう感じた』という書き込みがネット上で多くありました。私もそう思いました。今こそ、このような言葉に皆さんの実感を加えて、繰り返し語り合うことにより、有事への危機感を強化できるのではないかと思います」
(オトナンサー編集部)
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