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田村淳さん慶大院進学に批判コメント殺到、根底に“怒り”が引き起こす情動のパニック

慶大大学院に進学した田村淳さんへのインタビュー記事に、多くの批判的コメントが寄せられました。背景には「嫉妬」の感情があるのではないかと、筆者は分析しています。

田村淳さん
田村淳さん

 今週、話題になった記事があります。「ロンブー田村淳さん、慶應大学院生になっていた。理由は『死者との対話』を学ぶため」。ハフポストからヤフーニュースに転載され、トピックスのトップにもなったので、ご覧になった方も多いと思います。

素晴らしいチャレンジを評価する

 これは、お笑いコンビ・ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが4月から、慶応義塾大学大学院のメディアデザイン研究科(KMD)で大学院生になったことについて、取材記事としてまとめています。なぜ、大学院へ進学しようと考えたのか。何を学び、何を実現しようとしているかについて、つまびらかに語られています。

 淳さんが「大学」と向き合うようになったのは、2017年のことでした。青山学院大学法学部を目指して、センター試験に向けて勉強する様子は「AbemaTV」の番組企画としても放送されました。しかし、結果は全て不合格。その後、2018年4月から慶応義塾大学通信課程の学生として大学生活をスタートさせます。

 しかし、通信課程がしっくりこなかった淳さんは「他の学び方がないか」と考え始めます。それが大学院という選択肢でした。2019年4月に大学院に入り直し、4月から週5日、大学院に通学する生活を続けているようです。

 自分自身がやりたいことを実現するために学ぶという行動。素晴らしいチャレンジだと思います。KMDを修了すれば、キャリアは確実にアップするでしょう。努力やその原動力となった向上心が評価されると思います。充実したキャリアを送ることは、長い人生を過ごす上でとても大切です。

 ところが、ヤフコメが炎上します。その多くは淳さんを肯定するものではありませんでした。心無い言葉が並びます。批判している人の多くは、KMDに入学した淳さんに嫉妬をしているのです。しかし、淳さんは入試という正規の手続きを経て現在に至っています。批判されるゆえんなど全くありません。

 本来は、淳さんのやりたいことではなく、いかに芸能生活で勝ち抜くことが過酷であるかということ、その経験は大学卒業に匹敵することを盛り込むべきだったように思います。芸能の仕事は分かりにくいので、芸能活動のどういう部分が評価されたのかという点に、きっちりフォーカスすればよかったのでしょう。

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尾藤克之(びとう・かつゆき)

コラムニスト、著述家、明治大学サービス創新研究所客員研究員 尾藤克之

東京都出身。代議士秘書、大手コンサルティングファームにて、経営・事業開発支援、組織人事問題に関する業務に従事、IT系上場企業などの役員を経て現職。現在は障害者支援団体のアスカ王国(橋本久美子会長/橋本龍太郎首相夫人)をライフワークとしている。NHKや民放各社のテレビ出演や、経済誌などからの取材・掲載多数。著書も多く、近著に「頭がいい人の読書術」(すばる舎)がある。埼玉大学大学院経済学研究博士課程前期(経済学修士、経営学修士)。

筆者への連絡先
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TW:@k_bito

コメント

9件のコメント

  1. 通信から院生になれるなんてまえはあり得なかった。大学卒業し論文提出で審査ありましたが、慶応は終わりました

  2. 慶応KMDの宣伝にもなるしな。
    杉村太蔵の後輩かいな。
    サンジャポでまた岸センセに怒られたいのかね。

    • 淳は、政治家になりたがってるじゃん。
      嫉妬じゃないよ?
      政治家になれなかったら、コメンテーターか。
      高給狙ってるだけじゃん。
      結婚だって、あのカナさんだよ。
      経緯が微妙だったし。
      人格の薄さを話術でごまかしてるだけ。

  3. 大学院は入る人が少なくてどこも困っている。
    慶応の名前が欲しけりゃそういう選択肢もあるわな。
    意味は無い気がするけれど。

  4. この文章では嫉妬だと片づけられていますが、
    本来、修士課程は学士でなければはいれないのがルール。
    通信制大学をきちんと終えてからなら文句のいいようがないが、それさえも投げ出して芸能人としての知名度をふりかざして修士にはいるのでは、何が「学ぶ意欲」か。
    本当に意欲があるなら、きちんと学士をとることができるんじゃないですか。

  5. あまりよくない前例を作っちゃったかな?
    慶応の通信は他の通信と違い、(失礼に当たったらごめんなさい)
    本当に厳しいことを、直木賞作家だったかな、三林京三さんがご自身の
    体験をもとにした作品、「キャンパスの雨」で描いておられます。
    私は、この本を読みながら、当時、ある有名大学の二部に通い、
    現在、その大卒の資格で受験して、西の慶応と言われている
    関西のある大学の大学院で正規の学生として勉強しています。
    若い時に大学卒の資格を、昼間働きながらでも得たからです。

  6. 通信課程、しっくりこなかった ではなくて卒業まで普通に10年近く費やすこと知って
    逃げ出したんだろ。高校で英検4級に落ちる位だから偏差値20、倍かかるな。
    大学院通いは映画でも見に行く感覚なんだろな。

  7. じったさんに共感です。
    大学院は本来大学で勉強して学士の資格を得て、その学力に基づいてさらに研究を行うのが基本だと思います。
    私の知り合いも慶応大学の通信課程を出ていますが、やむを得ず大学に行けない人や行かなかった人が、難関大学の一つである慶応大学卒業の資格を得ることが出来るコースとして大変歴史と信頼のある通信課程と聞いています。
    だから、政治家等が学歴ドレッシングをする際に、慶応大学在学中(通信課程)などと謳っているケースがありますがほとんど卒業できていません。それと言うのも、ほぼ誰でも始められるのですが本当にしっかりと勉強しないと卒業させてもらえないからだとのことです。
    卒業が難しいからこそ、通信制であっても慶応大学卒業の学歴が得られてその学士の称号には価値があり社会的にも認められるのです。
    学士でなくとも、修士課程に入学することが認められるのはあくまでも、学士と同等の学力があると認められる場合であるべきであり、通信課程で学ぶ機会を自ら選択したにも拘らずそれについていけなかった人を修士課程に入学させる時点で、軽謳の名前、卒業生、社会的な信用にとって良い影響があるはずはありません。
    本来なら勝手にどうぞと言いたいとことですが、有名タレントはこのような学歴ドレッシングをすることにより、問題なのは子供たちへの影響です。
    学問は積み上げが必要なのに、抜け穴のようにして学歴のドレッシングをする方法があるのだと子供たちが少しでも思ったら、真面目に頑張ろうという気持ちに水を差すことになります。
    日本は明治以来、産まれた階級に拘わらず勉強して学力をつけ学歴を得れば、成功は約束されなくともその入場切符を公平に得ることが出来るという事が成長の原動力だったはずです。
    そんなことは、軽謳の担当教授も当の本人も考えていないでしょうが。

  8. 大学で取得できる学位は、学士、修士、博士、と専門職学位というのがあります。大学、大学院に在籍して講義を受け指定された講義の単位を取得し、並行して学位論文のための研究をして、論文を書いて提出します。

    いわゆる卒業論文が学士、修士論文が修士の取得のための論文です。提出できる論文は大学によって多少異なると思いますが、国立大学の場合は、学術論文として使える論文は、学術雑誌に出版されたものと、いくつかの論文をまとめたテーシス形式があります。

    博士論文は、基本的には学術雑誌に投稿し出版されたもので、一編だけでなく関連して出版した複数の論文が必要な場合が普通です。それらを、数人の学位審査委員会で審査し、最終的に教授会で承認されて初めて博士が授与されます。つまり、ただ、大学あるいは大学院を出ただけでは博士の学位は取得できません。

    よく、○○大学院博士課程を単位習得の上卒業(退学)という略歴が書かれているのを見かけますが、大学院で勉強して卒業した、という程度の意味で、その人の専門的能力を示すものではありません。大学院に入学して期間内に学位を取得した場合を課程博士、入学しないで、それまでに出版した論文で大学院に申請して博士を取得した場合を論文博士といいますが、どちらも博士です。

    淳さんが学歴の肩書が欲しいのか、勉強をしたいのか、専門家になりたいのか、何を目指しているのかはわかりません。