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「大きな音を立てて物を置く」「ドアを乱暴に閉める」…イライラやストレスで「物に当たる」人、なぜ? 精神科専門医に聞いた

イライラしたときや、ストレスがたまったとき、「物に当たる」人は男女問わず存在します。どのような精神状態がそうさせてしまうのか、精神科専門医に聞きました。

「物に当たってしまう」のはなぜ?
「物に当たってしまう」のはなぜ?

 イライラした気持ちが抑えきれないときや、ストレスがたまったとき、「大きな音を立てて物を置く」「ドアを乱暴に閉める」など“物に当たる”人、身近にいませんか。周囲からすれば、そうした振る舞いを見て不快な気持ちになったり、恐怖を感じたりすることもあると思いますが、中には、カッとなった勢いで物を投げたり、破壊したりするなど、危険な行動がみられるケースもあるようで、「母親がこのタイプで、本当に嫌」「夫がイライラしているとき、ドアをバン! と勢いよく閉めるのが怖い」という声をはじめ、「イライラするとつい、物に当たってしまう」「治したいと思っているけど治せない…」など、物に当たる癖を自覚し、悩んでいる人も少なくないようです。

 ストレスやイライラを感じたとき、「物に当たってしまう」人の精神状態とはどのようなものでしょうか。精神科専門医の田中伸一郎さんに聞きました。

理性の働きが弱まっている可能性

Q.一般的に、人が「ストレスを感じているとき」の精神状態とはどのようなものでしょうか。

田中さん「ストレスを感じているときの人は、危険を感じたときの動物と同じで、『逃げる』か『戦う』かのアイドリング状態になります。身体的には心拍数と呼吸回数が増え、血圧が上がり、次のアクションを起こせるように準備するのです。このとき、自律神経系のうち、交感神経の働きが強まっています。

その一方で、精神的には、瞬間的にカッとなってイライラし始め、数分から数十分にわたって興奮状態が続きます」

Q.なぜ、イライラしたりカッとなったりしたとき、物に当たってしまうことがあるのでしょうか。

田中さん「カッとなったり、イライラしたりしたとき、先述のように体では既に交感神経系が作動し、次のアクションを起こすための準備状態に入っています。動物であれば、戦うか逃げるかの選択を迫られるわけですが、人間の場合、戦うことも逃げることもしないで、身近な物に当たってしまうことがあります。

物に当たると、イライラした気持ちが大きな音や体の痛みなどに置き換わるため、そこでハッとわれに返るとともに、イライラした気持ちもいくらか解消されてスッキリするのでしょう」

Q.イライラしたときについ、物に当たってしまう人と、そうでない人の違いは何だと思われますか。

田中さん「自分の行動をコントロールする能力の差だと思われます。人は動物と違い、理性の働きによって、闘争・逃走反応を抑え、行動をコントロールすることを学習してきました。しかし、物に当たりやすい人の場合、何らかの原因で理性の働きが弱まっている可能性があります。例えば、ひどいストレス状況に置かれていたり、普段から、物に当たってストレス発散をする癖が身に付いていたり、過度の飲酒のせいで抑制が欠けていたりするかもしれません」

Q.物ではなく「人に当たる」パターンもありますが、何らかの違いがあるのでしょうか。

田中さん「先述の説明に結び付けると、イライラして人に当たる人は、理性のブレーキが十分に働かなくなっている可能性があります。それだけ大きなストレスがかかっているのかもしれません。あるいは、これまでの人間関係の中で、『人に当たられた経験を重ね、自分も人に当たるようになる』という不適切な行動パターンを身に付けてしまった可能性もあるでしょう」

Q.物に当たる行動が、何らかの精神的な病気によるものである可能性もあるのでしょうか。

田中さん「普段は温厚だった人が急にイライラしたり、物に当たったりするようになったら、何らかの精神的な病気を発症している(あるいは発症しかかっている)可能性があります。頻度的には適応障害、うつ病がまずは疑われるので、『気分の落ち込みはないか』『食欲はあるか』『きちんと眠れているか』などをチェックするとよいでしょう。

もし、周囲から見て明らかな変化があれば、心療内科や精神科を受診することをお勧めします。自分自身でも、周囲の人でも『普段からの変化』に気付くことがポイントです」

Q.物に当たってしまいそうになったとき、その衝動を抑えることは可能ですか。

田中さん「もちろん可能です。まずは、どのようなときに物に当たってしまうのか、行動パターンを知ることから始めましょう。それから、『深呼吸する』『水を飲む』『席を外す』などの対処法をあらかじめ考えておき、実際に衝動を抑える練習をするとよいと思います」

Q.物に当たりやすい人が周囲にいる場合、どのように接するのがよいのでしょうか。

田中さん「自分の周囲に物に当たる人がいたら、その人が冷静になったときを見計らって声を掛け、物に当たる行為が周囲の人に不快感を与え、人間関係を損ねているかもしれないことをそっと伝えてみましょう。そして、物に当たる行為を減らすことが本人のためになることを繰り返し説明してみてください。

一般に、人が行動パターンを変えるには、変えることによるメリットが必要です。物に当たる人の場合でも同じでしょう。物に当たる行為を減らす努力をする中で、人間関係が少しずつ改善してくるはずです」

Q.「物に当たりやすい」ことを指摘された経験のある人の中には、「自覚するまでが長かった」「迷惑をかけるから治したい」と悩む人も少なくないようです。

田中さん「イライラして物に当たる人は、なかなかそのことを自覚できず、先述のように周囲の人から指摘されて、やっと自分の『物に当たる性質』を知ることが多いと思います。いつもの自分と違っていることに気付いたら、周囲の人と協力しながら行動を修正する努力をすることが大切です。

まずは他人の指摘を受け入れ、現在自分が置かれている状況を分析し、軽減できるストレスがないかを考えてみましょう。心身の負担になっていることをメモなどに書き出してみるのもよいと思います。そして、行動を修正したら、どのような効果が得られたか(得られなかったか)をフィードバックしましょう」

(オトナンサー編集部)

田中伸一郎(たなか・しんいちろう)

医師(精神科専門医、産業医)・公認心理師

1974年生まれ。久留米大学附設高等学校、東京大学医学部卒業。杏林大学医学部、獨協医科大学埼玉医療センターなどを経て、現在は東京芸術大学保健管理センター准教授。芸術の最先端で学ぶ大学生の診療を行いながら、「心の問題を知って助け合うことのできる社会づくり」を目指し、メディアを通じて正しい知識の普及に努めている。都内のクリニックで発達障害、精神障害などで悩む小中高生の診療も行っている。エクステンション公式YouTubeチャンネル内「100の質問」(https://youtu.be/5vN5D9k9NQk)。

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