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「報告に時間を取られて業務が進まない…」“管理強化”が組織を崩壊させる?

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

“管理強化”で組織が崩壊?
“管理強化”で組織が崩壊?

 コロナ禍でテレワークが普通の働き方になった今、「見えないこと」が不安を生み出すせいか、「もしかするとメンバーがサボっているのではないか」「きちんと業務をしているのか」と疑心暗鬼になって、とにかく管理を強化したがる管理職がいます。

 業務の進捗(しんちょく)状況報告を細かく求め始めて、部下はその報告に時間を割かれ、本来の業務が進まないという本末転倒な事態に陥る事例もあるようです。このような管理のし過ぎは組織に悪影響を与える可能性があります。実際にどのような問題があるのかについて、今回は考えてみたいと思います。

人から言われると反発したくなる

 まず、多くの人が持つ心理的バイアスの一つに、「心理的リアクタンス」といって、他人から選択を強制されると、たとえそれが良い提案であっても、反発する傾向があります。遊んでいる子どもに対して、親が「宿題をやりなさい」と命じると「今やろうと思っていたのに! やる気がなくなった!」という類いの傾向です。

 管理を強化すると、メンバーが自発的にしようと思っていたことを上塗りするように「やってね」と指示することも多くなり、この心理的リアクタンスを促進してしまう可能性があります。その結果、せっかく持っていたメンバーの自発性を損なうことにもつながります。

 自発性が損なわれれば、創造性も減退することがあります。言われたことだけを粛々とするようになれば、メンバーそれぞれが持っている知識を生かそうとしなくなるので、組織全体の能力を最大限発揮することができなくなるのです。

 それぞれが持っている知識を出し合わなければ、知識の結合やシナジー(相乗効果)も生まれなくなり、その結果、創造性も生まれなくなるということです。仕事の勝ちパターンが決まっていて、特段個々人の自発性や創造性など不要、やるべきことだけやればいいというのであれば別ですが、多くの会社では創造性が必要でしょうから、この点でも管理強化はマイナスとなります。

「信頼によるスピード」にも悪影響

 また、管理強化は仕事のスピードにも悪影響を与えます。やっているかを確認することは、「きちんとやるか信じられないので、確かめさせてもらいます」という意味ですので、「疑っている」というメッセージを相手に与えてしまいます。

 人には「返報性」といって、「自分がされたこと」を「相手に返そうとする」傾向があります。信じてくれれば信じるし、疑われれば疑うのです。「約束したことを必ずやるだろう」と信じることができれば、管理コストが減り、物事のスピードが上がりますが、信頼関係がなくなれば逆にスピードが遅くなります。これを「スピード・オブ・トラスト(信頼によるスピード)」と呼ぶこともあります。

 信頼関係の低下はスピード以外にも、組織コミットメント(組織に対して貢献しようという意欲)に対しても、当然ながら悪影響を与えます。そして、組織市民行動(自分の役割外のことでも、組織の役に立つことを自発的にすること)が減っていきます。

 組織内にはフォーマルな業務以外にも、インフォーマルではあるものの、組織として「やってもらいたい」行動がたくさんあります。例えば、職場の環境や雰囲気をよくしたり、後輩の面倒を見たり、採用活動などに奉仕したりといったことです。このような「非公式だがやってほしいこと」が軒並み実行されなくなれば、組織の凝集性(一体感)は低下し、互助関係もなくなります。

メンバーを信じる勇気を持つ

 非公式な行動がなくなって、皆が公式な仕事しかしなくなった組織は、組織と言えるでしょうか。個人プレーヤーたちが一時的に集まって業務を遂行しているプロジェクト体のようなものに、どんどん近づいていきます。対等でドライな関係性とも言え、心地よさを感じる人もいるでしょうが、一方で非公式な貸し借りのない状況では、メンバー同士が恩義を感じることも減っていき、求心力もなくなっていきます。

 そうなれば、「ここにいたい」「ここにいなければいけない」と思うこともなくなり、人手不足で「売り手市場」の現在では、よそからの誘惑も多いため、離職率は自然に高まります。

 まったく管理をしないのも、もちろん現実的ではありませんが、見てきたように管理のし過ぎは、組織へのさまざまな悪影響があります。どこまで管理すると行き過ぎかということは、簡単には示すことはできませんが、昔、パナソニック創業者の松下幸之助氏がマネジメントの要諦を「任せて任せず」と言ったように、どこまで任せて権限委譲し、どこまでを任せず陰ひなたに管理するのか、慎重に考えなくてはなりません。

 漠然とした不安や勉強不足による想像力の欠如などから、過剰に管理してしまうことはできる限り避け、メンバーを信じて任せてみる勇気を、今の管理職は試されていると思います。

(人材研究所代表 曽和利光)

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曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

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