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「左利き」は個性の一つ…それでも「右手で書く」習慣を付けた方がよい理由

8月13日は「国際左利きの日」。左利きは“個性の一つ”との考え方もある中、長年教育に携わってきた筆者は「文字は右手で書く習慣を付けた方がよい」といいます。その理由とは……。

「左利き」は個性の一つでもあるけれど…
「左利き」は個性の一つでもあるけれど…

 8月13日は「国際左利きの日」です。今は個性を重視する時代でもあるためか、わが子の左利きを直さない親御さんも多いですよね。実際、「直す/直さない」の言葉を使っただけでも、「左利きが“悪いこと”だと言っている」と非難されることもあります。

 もし、子どもが左利きであると気付いたら、親としてどうしたらよいのでしょうか。

右利きの方が書きやすい「文字の筆順」

「左利きは個性の一つだから」という考えは実際にあります。また、「左利きは人口の10%で希少な存在なので、それをつぶすような発言はしてはならない」という考えにもうなずけます。

 ただ、90%を右利きの人が占める社会においては、「右利きの人が生きやすい社会」になっているのが現状です。事実、世の中のあらゆる製品は「右手で使う」ことを基本に作られています。次に挙げるものは、左利きだと不便なあれこれです。

・駅の自動改札機(機械の左側を通り抜けるため、切符を入れにくく、ICカードもタッチしにくい)
・カメラのシャッターボタンが押しづらい
・飲食店のカウンターで食べるとき、隣の席の人と肘がぶつかりやすい
・はさみ、包丁などが使いにくい
・スープをすくうレードル(おたま)が使いにくい
・パソコンのテンキー右にあるため、使いにくい

 ハサミや包丁の「左利き用」は、100円ショップにはあまり売っていないので、ネットで割高なものを買うしかないことが多いでしょう。

 左利きの人は、生まれたときから「右利き社会」で生きてきたので、不便を感じてはいないかもしれませんが、やはり右利きに有利な社会なので、実際はやりにくい状況になっていると思います。

 さて、小学校に入学すると文字を習います。そのとき、筆順を厳しく指導されます。実はこの筆順自体が、右利きの人が書きやすいようにできています。それは、「必ず左から右に書くこと」に決まっているから。横棒1本であっても「左から右」です。一方通行が決められている道路のようですね。

 右利きの人には簡単な動きですが、左利きの人にとっては実に難しい方向なのです。左利きの人は右から左に書く方が断然、楽です。もし、あなたが右利きであれば試してみてください。左手に鉛筆を持って横棒を書いてみると、右から左に書きたくなるはずです。

 しかし、右利きであろうと左利きであろうと、平仮名も片仮名も、漢字もローマ字も、筆順は“左から右”という決まりです。文字そのものだけでなく、横書きの文章も “左から右に”書くようになっています。

鉛筆の「持ち方」にも影響?

左手で書くと、文字が手に隠れる
左手で書くと、文字が手に隠れる

 左手で鉛筆を持って書くと、自分が書いている文字が手で隠れて見えません。これって不安になりますよね。そのため、鉛筆を持つとき、どうしても手をかぶせるように持つおかしな持ち方になってしまい、手や腕、肩も凝りやすくなってしまいます。

 こう考えるとボール、箸、はさみ、駅の自動改札機は不便かもしれませんが、左のままでもいいような気がします。でも筆順だけは「左から右に書く」ルールがあるので、文字を書くことだけは右手で書く習慣をつけておいた方がよいのかもしれません。

 しかしながら、左手で書き慣れている子が、右手で書くように矯正されることは当然ストレスがかかります。そんなとき、「どうして左手を使うの! “左手使用禁止”って何度言ったら分かるの!」と言われては、文字を書くこと自体が嫌いになり、勉強も嫌になってしまいかねません。そんなときは、次のように言われる方が、やる気が出るのではないでしょうか。

「わー、左手で書けるなんてすごいね。ママなんて、左手で書いたらミミズみたいな字しか書けないわ。ねえ、右手も使えるようになったらもっとすてきだね。左手はもう上手に使えるから、これからは右手で文字の練習をしてみようか」

 これは、私が実際に指導した例です。生徒は自ら、「だったら両手を使えるように頑張る」と、喜んで左手と右手で練習していました。実際、両手が自在に使えるようになると、とても便利ではないでしょうか。

 一方で、既に左手で文字を書くことが定着しているようであれば今更、苦手な右手で書くことにより学習意欲が減退するかもしれません。我流でパソコンのキーを長年打ち、比較的早く仕事ができる人が、「タッチタイピングのときは、正確な指のポジションでないとダメ」と強制され、資料作成がはかどらず、モチベーションが下がっているような状態と同じです。

 簡単に習慣付けられる子と、そうでない子がいます。1週間程度続けても難しそうであれば、文字も左手で書くことを許してあげてほしいと思います。

「絶対に右利き」「絶対に左利き」と白か黒か決めるのではなく、「できれば右手にしたいな」という“テキトー”でゆるい感覚で、子どもに接してあげましょう。

(子育て本著者・講演家 立石美津子)

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立石美津子(たていし・みつこ)

子育て本著者・講演家

20年間学習塾を経営。現在は著者・講演家として活動。自閉症スペクトラム支援士。著書は「1人でできる子が育つ『テキトー母さん』のすすめ」(日本実業出版社)、「はずれ先生にあたったとき読む本」(青春出版社)、「子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方」(すばる舎)、「動画でおぼえちゃうドリル 笑えるひらがな」(小学館)など多数。日本医学ジャーナリスト協会賞(2019年度)で大賞を受賞したノンフィクション作品「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(中央公論新社、小児外科医・松永正訓著)のモデルにもなっている。オフィシャルブログ(http://www.tateishi-mitsuko.com/blog/)。

コメント

3件のコメント

  1. 私は今年61になる者です。この年代は当然のように右手矯正をされており、鉛筆・箸共に右手でしか使えないまま学生時代を終えましたが、結局箸はクロス、鉛筆はそもそも肘を締めて持つことができず、また指に過剰に力が入るため、HBでは紙が真っ暗になり、2H以上でないと字が残らない有様、字体も大変な悪筆のまま現役時代を過ごし、字は時代と共にキーボードで済むようになったのですが、箸は結局50歳を期に左に「戻し」ました。すると、食事が感じ2割美味しくなった…相当なストレスだった様子。振り返ってみるに、私の場合、左右の握力比が3倍あったのですが、左利きと言っても、多くは、例えば握力の差が小さいなど、肉体的能力差がそれほどないのではありませんか?
    両手利きを目指せとよく言われますが、それも左右の能力差の程度次第ではむしろ害毒になるので、程度の差というところをよく見極めて慎重に行っていただきたいと考える次第です。
    なお、矯正者に見られるという左右視認の過誤ですが、これも最近振り返ってみるに、私の場合、そもそも左右の違いが全く認識できないまま歳を重ねた感があります。例えば地下鉄出口では、あらかじめ地図で何か目標物を定めておいて、それに対して右、左を定めないと一歩も進めない、甚しきは東西と南北を誤るといった体たらく。
    私としては右矯正は、先に記したように、必ず、左利きの程度を見極めた上で、あまりにも肉体的能力にハンデがありすぎる場合には矯正を一切すべきでないと考えます。

    • 私は、削除も謝罪も必要ないと考えます。そういう次元の問題では、ない、と理解しておりますので。
      現実にあらわれる「左利き」にとらわれるのではなくて、それがどこから来たものか、そもそも本当に右利きの方が先天的に多いものなのか。例えば、
      先天的には利き手は未分化、ただ個々のバラツキとして左利き、右利き、確率的にほぼ同じ数生じる。一方、人間は育成の過程で言語コミュニケーションを会得する、言語野は左脳にある(これ自体、先天的なものかどうか検証の余地がある)、したがって育成と共に左脳が発達する、それが相対的に右利き多数の社会を形成している。外国語の方が日本語より論理的としばしば言われる、ここが日本人に、より左利きが多い要因を求めることも、できる。つまり、社会における左利きの発現は、言語野発達のバイアスをもっても払拭しきれないほど、先天的に強く左に偏った個体である可能性がある。もしそうなら、その個体・個人に対する社会性の育成の方法、あるいは左利きの保全のあり方について、議論は変わったものになるのではないか。このように考える次第です。

  2. 左利きを右利きに矯正すると吃音の原因になるため、決して矯正はすべきではない、というのが、先進国においてはもう何十年も前から研究されてきた定説です。この記事を見ても、その定説を覆せるような根拠は見られませんでした。

    「国際左利きの日」は、この記事のような偏見を打破するために制定されたもののはずです。

    にもかかわらず、よりによって、この「国際左利きの日」にこのような記事を掲載するなんて信じられません。「国際左利きの日」について冒頭に言及している以上、無知では済まされません。

    日本では、残念ながら、左利きを右利きに矯正してはならない、という「常識」は、未だに広まってはいません。そのような中、このような記事が出れば、この記事を鵜呑みにして左利きを矯正させられる不幸な子が生み出されるだけです。

    その責任をどう負うおつもりでしょうか?

    即刻、訂正・謝罪記事をだすべきと考えます。