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死産、診療拒否で死亡も…中国・西安で悲劇、「ゼロコロナ」政策に反発はない?

北京冬季五輪の開幕を2月4日に控えた中国で、新型コロナの感染対策が厳しいあまりに、内陸部の西安市で悲劇が起きています。なぜ、悲劇は起きたのでしょうか。

中国・西安で新型コロナウイルスの検査を受ける女児(2021年12月、AFP=時事)
中国・西安で新型コロナウイルスの検査を受ける女児(2021年12月、AFP=時事)

 北京冬季五輪の開幕を2月4日に控えた中国で、新型コロナウイルスの感染対策が厳しいあまりに、内陸部の西安市で、病院に入れずに妊婦が死産したり、心臓病の男性が診療を拒まれて亡くなったりといった悲劇が起きています。なぜ、西安で悲劇が起きたのでしょうか。そうした混乱が起きても、五輪成功のための「ゼロコロナ」政策に国民の反発はないのでしょうか。ノンフィクション作家で中国社会情勢専門家の青樹明子さんに聞きました。

地方都市の悲哀

Q.西安市はどんな所なのでしょうか。新型コロナの状況とともに教えてください。

青樹さん「内陸部にある人口約1300万の都市で、陝西(せんせい)省の省都です。日本人にとっては『長安』という昔の名前の方がなじみ深いでしょう。遣隋使や遣唐使が訪れ、京都や奈良の都のモデルとなった街です。シルクロードの出発点であり、秦の始皇帝が造らせた『兵馬俑(へいばよう)』が郊外にあって、古都として、コロナ禍前は海外からの観光客にも人気の場所でした。北京、上海、西安というのが中国の定番の観光ルートです。私も初めての中国旅行では、この3都市を訪れました。

内陸部なので、いろんな地域と接しています。その影響もあると思いますが、多民族が暮らしていて、少数民族が計10万人いるそうです。また、個人的な印象ですが保守的な地域で、尖閣諸島問題のときなど、激しい反日デモが起きました。新型コロナの感染拡大でロックダウン(都市封鎖)した西安ですが、最近はピークアウトしていて、1月15日の新規感染者は1人、15日時点での感染者は1053人、累計では2044人となっています。ちなみに中国全体では、16日の新規感染者は223人と報道されています」

Q.ロックダウン中の西安で、PCR検査証明の期限が切れているとして、妊婦が受診できずに死産してしまったり、心臓病の男性が診療を拒まれて死亡したりしました。食料支給も一時滞ったようです。なぜ、混乱が起きたのでしょうか。

青樹さん「中国人の間でも『なぜ、西安でこれだけの混乱が起きたのか』とネット上で熱い議論が起きています。その議論を見ていると、中国の『ゼロコロナ』政策の問題点が透けて見えます。一つは時期の悪さです。北京冬季五輪が2カ月後に迫ったタイミングでの感染拡大でした。中国にとって、五輪は最大級の国家行事で、国家の威信を見せる場所です。『東京五輪の上を行かなければ、成功ではない』と考えているようで、西安での厳しい措置につながったと思います。

2つ目は春節(旧正月)が近いことです。今年は2月1日ですが、例年なら、民族大移動が起き、春節を挟んで約40日で延べ30億人の人流があります。古都西安は中国人の旅行先としても人気があります。その中で起きた新型コロナ問題であり、なおさら、厳しいロックダウンになったと思われます。さらに、地方都市の悲哀が明らかになったともいえます。

西安は古都で、日本でいえば京都、奈良といった感じの都市ですが、中国の中央政府からすると、地方都市の一つです。内陸部であり、上海、広東のような、海外に向かう海、港がある都市と比べ、海がない、経済発展性ではBクラス、民間企業の数も上海、広東に及ばない都市なのです。国営企業が多く、計画経済も残っています。つまり、北京や上海、広東と重要度が違うためか、国の目指すゼロコロナ政策に必要な環境、人員を整備していなかったのです。

例えば、感染者の行動履歴調査をする専門スタッフが上海は常時3000人配備されているのに、西安は300人でした。通信環境も、5Gの設備が西安1平方キロ当たり10カ所なのに対し、上海の主要地域は1平方キロ当たり80カ所もあります。中国では、スマホの行動履歴を使って感染者の行動を追うのですが、その環境も西安は脆弱(ぜいじゃく)だったわけです。

中国全体から見た位置付けも影響していると思います。地方都市というのは中央に顔が向き過ぎていて、何か手柄を挙げたら、国の手柄、失敗したら、地方の責任。ゼロコロナを目指すのは中央ですが、細かいことは自治体に任されている。地方政府の担当者にしてみれば 自分たちの所で感染者が出たら、自分たちの責任。ゼロコロナ政策での失策を恐れて、ますます厳しくなる。

『感染者を増やさない』ことが最優先であり、それが妊婦さんの死産や、病院に入れずに心臓病の人が死亡した原因になったと考えられます。今回はたまたま、死産などがSNSに流れて社会問題化しましたが、流れなかったら、表に出なかったはずです。感染者数を減らすのが最優先で、極論すれば、『新型コロナ感染者を減らすために人が死んでも仕方ない』、そんな考えがあったのではないでしょうか」

北京でもオミクロン、さらに対策厳しく

Q.北京冬季五輪が直前に迫り、中国の新型コロナ対策はさらに厳しくなっているのでしょうか。

青樹さん「北京近郊の都市、天津でもオミクロン株が見つかり、1月16日には80人の新型コロナ感染者が確認されました。北京から高速鉄道で30分ほど、東京でいえば、千葉、埼玉くらいの距離感で通勤圏です。住民1400万人にPCR検査を24時間以内で行うと発表し、皆、こぞって受けたそうです。そして、1月15日にはとうとう、北京でもオミクロン株感染者が1人確認されました。実名以外のすべての行動履歴が即刻公表され、心当たりがある人は申し出るようにと全国規模のニュースで報道されました。

感染者に宅配便を手渡した宅配業者まで『濃厚接触者』に数えられ、行動履歴が公表されています。また、北京に入る前のPCR検査はもちろん、北京到着後72時間以内にも検査を受けることを義務付けました。このように中国では、すさまじい水際対策が行われてきましたが、今後ますます、厳格化すると思われます。

日本など海外から入国する際はPCRと抗体検査、ダブルの陰性証明が必要で、在日中国大使館の発表では、1月19日以降中国へ渡航する場合、現在の措置に加えて、新たに搭乗予定日7日前のPCR検査の陰性証明、健康観察、自己健康観察票などの記入が必要になります。例えば、渡航予定が1月19日の場合、1月12日にPCR検査を受けて、1月18日までの健康観察を記入で、さらに搭乗前48時間以内のダブル検査が必要ということです。それでも、北京には直接は入れず、もっと厳しい措置が待っています。

『ゼロコロナ』に関連して、感染対策の厳しさを象徴するものとして、四川省成都(せいと)市での『時空伴随者(じくうばんずいしゃ)』という言葉があります。感染者と同じ空間、800メートル四方の空間に10分以上とどまっていて、それが14日以内に合計30時間以上になると『時空伴随者』と認定されて、スマホのアプリで『すぐPCR検査を受けなさい』と警告されるのです。時空伴随者は数日で8万人に上ったそうです。感染者と直接接触しなくても、同じ空間にいただけで、濃厚接触者と同様の警告を受けるわけです」

Q.新型コロナ対策が厳しいのは北京冬季五輪に向けて、「ゼロコロナ」を掲げているためですが、感染対策の厳しさやそのために噴出した西安のような問題によって、五輪への反発が出ていないのでしょうか。

青樹さん「五輪反対という声は表には出ません。SNSなどでもし、そういった声が出ても即削除されると思います。中国の友人に聞いても『五輪でたくさんの人が北京に入ってくるのは不安』という声はありますが、『だから、五輪反対』とはつながらないのです。国難になるほど、ナショナリズムが強くなるという傾向も関係しているかもしれません。アメリカなどの外交的ボイコットも、結束を強めるきっかけになっているようです」

(オトナンサー編集部)

青樹明子(あおき・あきこ)

ノンフィクション作家・中国社会情勢専門家

早稲田大学第一文学部卒、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程修了。大学卒業後、テレビ構成作家や舞台脚本家などを経て企画編集事務所を設立し、業務の傍らノンフィクションライターとして世界数十カ国を取材する。テーマは「海外・日本企業ビジネス最前線」など。1995年から2年間、北京師範大学、北京語言文化大学に留学し、1998年から中国国際放送局で北京向け日本語放送のキャスターを務める。2016年6月から公益財団法人日中友好会館理事。著書に「中国人の頭の中」「『小皇帝』世代の中国」「日中ビジネス摩擦」「中国人の『財布の中身』」など。近著に「家計簿から見る中国 今ほんとうの姿」(日経プレミアシリーズ)がある。

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