オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

ビッグボス新庄監督が理想の「組織リーダー」と言えるこれだけの理由

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

清宮幸太郎選手(右)と言葉を交わす新庄剛志監督(2021年11月、時事)
清宮幸太郎選手(右)と言葉を交わす新庄剛志監督(2021年11月、時事)

 北海道日本ハムファイターズの新監督に「ビッグボス」新庄剛志氏が就任し話題を呼んでいます。昔から、阪神ファン(熱心なファンの皆さんにはとても及ばないレベルですが)で、阪神時代のプレーを見てきた世代の筆者としては、とてもうれしいニュースです。ファイターズはここ数年低迷していて、その刺激策という意味もあり、指導者経験はないものの、常に話題を呼ぶ言動を選手時代から続けてきたことを評価されて、新庄さんが招かれたのでしょう。

 実際に就任早々、「優勝を目指さない」発言が飛び出したり、人気選手にテレビ番組出演禁止令を出したり、刺激的な言葉で選手に減量を命じたりと話題を提供しています。では、新庄監督のようなリーダーの起用はプロ野球チームだけでなく、会社など他の組織にあっても有効なのでしょうか。それとも、危険な賭けなのでしょうか。新庄監督が就任以来行ってきた言動について整理してみましょう。

(1)実現可能な目標設定

 新庄監督は就任会見で「優勝なんか一切目指しません」と発言しました。これを受けて、福岡ソフトバンクホークスの孫正義オーナーは「われわれは優勝にこだわりましょう」と言ったそうです。勝負の世界であるスポーツ界で、これだけ明確に「優勝を目指さない」と発言するのは珍しいことです。プロ野球なのに、優勝を目指さないという目標設定でよいのでしょうか。

 実は新聞などの見出しでは「優勝なんか一切目指しません」が躍りましたが、新庄監督は続けて、「一日一日、地味な練習を積み重ねて、何気ない試合、何気ない一日を過ごして勝ちました、勝った、勝った、勝った、勝った。それで9月あたりに優勝争いをしていたら、さあ! 優勝目指そうと」と発言しています。

 有名な心理学者チクセントミハイ氏の「フロー理論」では、人が自分の心的エネルギーを、今取り組んでいる対象に100パーセント注ぎ込み、没頭(≒フロー)して成果を上げるためには、幾つか条件があるとされています。その条件の一つとして挙げたのが「難易度と自己評価の均衡」でした。難易度が高過ぎる目標設定は失敗に対する不安を生じさせてしまい、フロー状態への障害となってしまうというのです。

 この点から考えると、低迷しているチームなのに勢いよく、「絶対に優勝します!」などと無理な宣言をせず(新庄さんなら言いそうと思っていましたが)、かと言って、優勝を諦めたわけでもない言葉(「優勝しない」とは言っていません)を選んだのは秀逸だと思います。

(2)「コントロールできること」に集中

 さらに、新庄監督は「一日一日、地味な練習を積み重ねて」と言っています。試合に勝つことは個々の選手が自分だけでコントロールすることはできませんが、「地味な練習」を継続することは完全にコントロール可能です。

 こういうコントール感=統制感もフロー状態をつくり出す条件とされています。また、スポーツ選手は一般的に、自分がコントロールできることに全集中して、コントロールできないことには注意を払わないとよく言われています。自分がコントロールできないことを課せられると義務感が強くなり、自発性が減少したり、反発心も生じたりするかもしれません。でも、地道な練習は誰にでも可能です。

(3)「注意資源」踏まえた合理性

 また、新庄監督は明るいキャラクターで人気の杉谷拳士選手に対して、今オフのバラエティー番組への出演を禁止しました。この指令は杉谷選手だけのもので、野球で成績を残せていない(プロ13年目の今季、54試合出場で打率1割1分7厘)杉谷選手について、「彼には期待しているから(野球でもっと目立ってほしい)」と語りました。

 この指示も先述したフローの条件の一つである「注意散漫の原因から退避」に当てはまります。「注意資源」という言葉もあるように、人間の注意力には限界があります。スティーブ・ジョブズ氏やザッカーバーグ氏がいつも同じ服なのも、服を選ぶことに注意力を使いたくないからです。新庄監督の考え方も実に合理的です。

(4)ユーモアと気遣い

 他にも、4年目で初の1軍出場なしに終わった清宮幸太郎選手が体重オーバーと見るや、おなかをつまみながら、「ちょっとデブじゃね? やせない? 今はちょっとキレがない気がする。やせた方がモテるよ、かっこいいよ」と声を掛けました。

 組織行動学者エリン・メイヤー氏の著書「異文化理解力」によると、日本人は直接的ネガティブフィードバックが世界一嫌いな民族のようですが、新庄監督の言い方なら、素直に受け止められるのではないでしょうか。ユーモアがあり、根拠を事実で示し、改善するメリットも提示しています。

 その後、清宮選手は短期間で痩せたとのことです。監督はすかさず、「短期間で想像を超える減量に驚いています」と自身のインスタグラムで発信しました。気遣いも完璧です。

(5)上から率先垂範

 しかも、新庄監督のすごいところは率先垂範していることです。インスタグラムでムキムキの体を披露し、「48歳でも、たったの8カ月で毎日自分に勝って地道に練習し続ければ、心も身体も変われます」と発信しました。清宮選手へのエールかもしれません。

 また、自身も複数年契約の要請を断り、単年契約を結んでいますが、コーチ陣に対しても「コーチもそう。1年契約で。選手を育てられなかったらクビになってください、っていう風に迎え入れる」と厳しい要望をしています。上に甘く下に厳しい人が多い中で、極めてまっとうな姿勢です。このように上から率先垂範されれば、選手たちも頑張るしかないでしょう。

 さて、シーズンはまだ始まってもいませんが、本稿で述べたように、新庄監督のさまざまな言動はマネジメント原理にきちんと従っており、とても理想的な上司だと筆者は思います。選手たちはモチベーションが上がっているのではないでしょうか。もちろん、監督は人心掌握だけが仕事ではなく、そもそもの野球の戦略・戦術の立案や試合における判断、指示などもあるので、今後、新庄ファイターズがどんな成果を出していくかは分かりません。

 ただ、新庄監督が素晴らしい成果を出すことができたなら、新庄ビッグボスのマネジメントスタイルがまねされるようになり、ひいては、いろいろな組織が活性化していくのではないかと筆者は期待しています。ビッグボスとファイターズの皆さん、ぜひ頑張ってください!

(人材研究所代表 曽和利光)

【写真】「優勝なんか一切目指しません」発言が話題となった就任会見での新庄剛志監督

画像ギャラリー

曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

コメント